本日、熊本地震の「震災関連死」について有志の弁護士142名の共同声明をとりまとめ、
内閣総理大臣・熊本県知事・熊本県内市町村長等、関係機関に送付しました。
昨日午後3時43分に私が呼びかけ、本日の午前10時までの約18時間で、実に141名もの弁護士に賛同いただきました。
※ご賛同いただいた先生方、本当にありがとうございました。
それだけ、「震災関連死」に関する問題が重要であり、この声明に過去の震災の教訓が凝縮されている、とご理解いただければ幸いです。
(声明文や賛同弁護士の一覧は上記PDFのとおりです)
震災関連死の審査を地元市町村で行うこと等を求める弁護士有志による緊急声明
2016年5月12日
第1 緊急声明の趣旨
1 被災市町村は、震災関連死の審査を県に委託するのではなく、各市町村に災害弔慰金等支給審査委員会等を設置し、自ら審査すべきである。
2 審査委員会の委員を選任する際は、弁護士の委員を複数選任すべきである。
(以上同趣旨2013年9月13日付日本弁護士連合会「震災関連死に関する意見書」)
(以上同趣旨2012年9月24日付岩手弁護士会「災害関連死の審査方法に関する要望書」)
第2 緊急声明の理由
1 審査は地元市町村で行われるべきである
2016年5月11日、NHKは熊本地震の「震災関連死」の認定について、県と市町村で意見交換会が開催されること及び市町村から審査を県に委託したいという要望が出されていることを報じた。
熊本地震の被害は甚大であり、被災市町村は、避難所の集約、仮設住宅の設置、復興計画の策定等、多大な業務を抱えている。被災市町村が抱える業務のうち、県等に委託しても差し支えない業務とそうでない業務の仕分けは重要であり、国と県は、市町村へのより一層の職員派遣等を含めた支援を早急に行うべきである。
しかし、亡くなられた被災者とご遺族にとって、関連死の審査が適切になされることは極めて重要である。関連死の審査は、弔慰金の支給不支給を決するだけでなく、災害の影響で死亡したかどうかを公的に認定する手続である。災害による死亡として数えられるかどうか、周年行事に遺族として呼ばれるかどうか、慰霊碑に刻まれるかどうか等に影響する。その結論は、突然の死をどう受け止めるか、という遺族の内心にも大きな影響を与えるものである。
したがって、復興計画を地元市町村が策定しなければならないことと同じく、震災関連死の審査は、是非とも地元市町村において適正に行わなければならない。例えば、岩手県沿岸で唯一県に委託することなく、自ら審査にあたった山田町の担当者は「関連死が認定されれば、災害弔慰金や義援金など多くの支援を受けられる。正確な判定をするために力を尽くすのは、同じ町民として当然のこと」と述べている(2014年3月12日毎日新聞より)。
なお、東日本大震災後、厚生労働省が各事務担当者宛に事務連絡を発出したのは約50日後の2011年4月30日、厚労省が審査委員会設置に関する通知を発出したのは約3か月後の6月17日、山田町の審査会開催されたのは震災半年後の9月6日、岩手県が審査委員会を設置したのは震災約8か月後の11月である。
2 東日本大震災における教訓
東日本大震災において、岩手県と宮城県内の多くの市町村は、県に審査を委託した。しかし、その結果、県に設置された審査委員会における認定率が、市町村に設置されたほとんどの審査委員会の認定率を下回るなど、様々な問題が発生した。
適正な認定を行うためには充実した調査が必要不可欠であるところ、亡くなられた方の通っていた病院がどこか、受けていた介護サービスの内容、交友関係等、調査の端緒となりうる情報は市町村が把握している。市町村であれば元々ある情報に基づいて充実した調査を行うことができても、県では困難である。さらに、地元における被災の程度、ライフラインの回復状況、物資の供給状況や地域毎の被災者の窮状は、地震災害においても市町村毎に異なっている。その実情を、正確に把握できているのは県ではなく市町村である。
さらに、県に委託した市町村では、以下の様な問題が生じている。
ア 震災関連死の審査に係る「申請件数」自体が少ない。特に宮城県に委託した市町村で震災後6ヶ月以上経過した後に亡くなられた件に関する「申請件数」が著しく少ない。
イ 委託した場合でも、審査主体は市町村であり、不支給の決定は市町村が行うところ、審査を実際に行っていない市町村は不支給となった理由を十分に把握できないため、遺族への丁寧な説明が困難となる。
ウ 審査に必要な調査の中には、地元市町村しか行えないものがあるため、市町村の負担はさほど軽くならない。
例えば委託を受けた岩手県災害弔慰金等支給審査会の委員を務めた宮本ともみ教授は「弔慰金支給の判断に適しているのは被災した地元市町村である。というのは、住民の状況あるいは被災地の現状を肌身で感じているからである。市町村はいちいち委託先の審査会に資料を送り判断を仰ぐことよりも、よほど迅速に医療機関や福祉施設などに必要な調査を行うことができる。また、住民にも直接説明をすることができる。住民の感情面でも、委託先の審査会の判断というのと、地元自治体判断というのでは受け止め方が異なる。」と、委託を受けた県の審査委員でありながら、市町村で審査を行う重要性を具体的に指摘している(『災害復興の法と法曹』51頁、2016年、成文堂)。
また、自分の町で審査することを決断した岩手県下閉伊郡山田町の沼崎喜一前町長は「住民に納得してもらうため、町だからこそ丁寧な審査ができる」と指摘し、山田町で審査にあたった委員の平泉宣医師は「山田町の審査ならば、通院歴がないだけでは退けず、自殺当時の状況を詳しく調べる。盛岡市で開く県の審査会は被災地から遠く、審査件数も多いので、地元の情報や資料の入手に限界があるのではないか」と指摘している(いずれも2014年3月12日毎日新聞より)。
3 法律の趣旨と小括
災害弔慰金の支給等に関する法律は、災害弔慰金の支給を、被災者に最も身近な基礎自治体である市町村に委ねている。被災市町村はこの趣旨と東日本大震災における教訓を踏まえ、審査を県に委託することなく、それぞれ審査委員会を設置し審査すべきである。また国や県は、市町村が審査会の設置等を負担少なく行えるよう、職員の更なる派遣も含め、必要な支援をすべきである。
4 審査委員には、弁護士委員を複数(できれば3名)選任すべきである
震災関連死の審査は、一義的には被災市町村が行う。しかし、市町村の判断の是非は裁判所の取消訴訟等で判断されることになる。明確な審査基準を策定するためには判例の集積が必要不可欠であるが、残念ながら震災関連死の審査にかかる判例の数は少なく、明確な審査基準を策定することは困難である。仮に政府が基準をつくっても、三権分立である以上、裁判所は独自に判断をすることになる。
そこで、「判断主体」と「判断手法」を、裁判所におけるそれとを可能な限り同じくすることで、裁判所で下される結論と市町村における結論の齟齬を減らすことが重要となる。
震災関連死の認定において問題となり,審査会の審査の対象となる因果関係は「法律上の相当因果関係の有無」である。裁判所では、この有無を3名の裁判官が合議の上で判断している。
そこで、審査委員に弁護士を複数(できれば3名)選任した上で、最終的な結論を弁護士委員の合議に委ねること等で、「判断主体」と「判断手法」を裁判所と可能な限り同じくすることができる。もちろん、審査には医師の委員が必要である。特に震災関連死の審査においては、被災者の抱えるストレスを正しく認定し考慮する必要があるので、外科、内科に加え、精神科の医師等の選任が必要である。しかし、判断対象が「法律上の相当因果関係の有無」という法律事項であり医学上の因果関係でないこと及び裁判所における判断は裁判官3人が合議で行っていることに照らせば、弁護士を複数(できれば3名)選任し、適正な審査を行うべきである。
以 上